第六幕 女王と交差する運命

結界の奥、第四の扉を前に、
艶は不思議な空間に足を踏み入れていた。

――その時、舞殿の空気がわずかに揺れた。
光は呼吸を始め、花びらは重力を忘れ、静寂の中で漂う。
天井の球体は赤子の心臓のように脈打ち、世界の境界が薄れていく。
そして、光の中心に生まれた小さな裂け目が、
艶を次の扉へと誘った。

闇と光が混ざる、その奥へ――。
「ようこそ、艶(えん)。
 この舞台に立つには、
“あなた自身を脱ぎ捨てる”覚悟が必要なのよ」

浮かび上がったのは──
堕落に魅惑の存在、
Burlesqueの闇神:名は《女王ヴェルヴェット(Velvet)》

その姿は艶と瓜二つのように美しく、
しかし目に宿るのは、欲望と諦め、そして見透かすような
静かな支配。

闇のベールを纏い、金の瞳を燃やす女王。

真なる神”であり、この劇場のもう一つの主だった。

真なる神”であり、この劇場のもう一つの主だった。
「あなたが手にした“艶舞珠”──それは私が封じた最後の美。

けれど、あなたの舞は清らかすぎる。
さあ、汚れてごらんなさい……」

「私の宝珠は、
**仮面の奥にある“闇に堕ちる囁きかける本音”にしか
反応しない。
 
あなたの踊りがどれほど清らかでも、
“欲”と向き合わなければ届かないわ」

艶は、目を伏せる。
「私は……誰かを救いたくて踊ってきた。

それだけで、いいと思っていた」
ヴェルヴェットは優雅に舞いながら近づく。



「“救いたい”という言葉の裏には、
“愛されたい
”“認められたい”
って気持ちがある。
 それは、汚れてるかしら?
艶の胸が、わずかに波打つ。

「あなたの中に、踊ることで得たいものがあるなら、
それを晒してごらんなさい」
その瞬間、空間が変容し、艶の心象風景が舞台に投影される。
それは──かつて彼女が感じた孤独、
誰かに見つけてほしかった幼い日の祈り。
「私は……誰かに愛されたくて、踊ってたのかもしれない」
涙が頬を伝うと、艶の体がふわりと浮き上がった。
その舞は、今までにない“裸の感情”を纏っていた。

羞恥も、弱さも、欲望も、すべてを曝け出す舞。

「……美しいわ。ようやく、あなた自身の舞になったわね」

ヴェルヴェットの声が揺れる。
彼女の瞳にも、どこか懐かしさが滲んでいた。

「あなたに、これを託すわ」
彼女が差し出したのは──

第四の宝珠 『艶舞珠(えんぶじゅ)』。

そこには、月と舞の紋様が刻まれていた。
艶が手を伸ばすと、羅針盤の第四の窪みが淡い桃色に染まる。

だが、その背後──
結界の影の奥で、ヴェルヴェットが微笑んだ。
「ようやく5つ目か。
 ならば、次は“あの男”が目覚める頃合いだな」

ヴェルヴェットは黒い霧を纏い、ゆっくりと蠢く。

ヴェルヴェットは黒い霧を纏い、ゆっくりと蠢く。
「火の鳥の再誕も、宝珠の力も、
 すべては“崩壊”のために使わせてもらう」

その言葉が、どこかの“魔力の網”に波紋を走らせた。

そしてその夜──魔界の片隅。

彼は魔法力に目を覚ました。

「……この気配は……“異世界”の気配だ」

掌が熱を帯び、胸の奥に紅と白の光が交差する。

迷うことなく、男は歩き出す。

その背中に、遠い記憶のような旋律が流れていた。

 
艶は祠の前に戻り、四つの宝珠を並べて祈りを捧げていた。
羅針盤は残る一箇所を残し、静かに回転を始めていた。

そのとき──風が、動いた。
魔界の扉が、音を立てて開く。
そこに立っていたのは、
──あの“男”。
「……君だったのか。ずっと、踊っていたのは……」


二人の目が合った瞬間、
魔界全体が、まばゆい光と静寂に包まれた。
──これが、すべての始まりであり、終焉への序章だった。
第六幕 終
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