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第三幕 旅と踊りの深化
森の精霊との邂逅
荒野を抜け出してから、景色は徐々に茶色から緑へと移り変わり始めた。どこか湿った空気と、背の高い木々が視界を覆う。
「うわ……この辺り、一気に冷えるね」
そう声を上げたのは、リリ。彼女は小柄で可憐な雰囲気をまといつつも、意外なほど逞しい足さばきで舞台を支えてきたダンサーだ。
「炎の試練から一転して、今度は森の湿り気……足元が滑りやすいわね」
リリは心配そうに地面を見つめる。ぬかるんだ土の上に舞台で使うダンスシューズの痕がくっきりと刻まれた。
それでも艶たちは一歩ずつ森の奥へ進んでいく。まるで木々が生きているかのように、彼女たちの足音に呼応するように葉がざわめき、深い緑の香りが鼻をくすぐる不気味な静寂が漂っている。。
ふと、シュンが何かを感じ取ったかのように足を止める。
「……こっちから、音が聞こえないか?」
すると、奥の方からかすかな囁き声のような音が流れてきた。まるで誰かが歌っている……あるいは森そのものがささやいているようにも聞こえる。
艶は仲間たちを見回し、静かに頷いた。
「気をつけて進もう。何かが……私たちを呼んでいるみたい」
森の精霊との出会い
木々の密度が増すにつれ、日の光が届かなくなり、薄暗さに包まれていく一行。
その時、ふわりと浮かび上がるように緑色の光が点在し始めた。
「これって、蛍……? にしては、妙に大きいような……」
リリが呟いた瞬間、緑の光がぐるりと輪を描くように回り始める。
「ようこそ……私の領域へ……」
どこからともなく響く声。その声は低くも柔らかく、森そのものが話しかけているようだった。
緑の光が集まり、人型を象っていく。葉や花びらが舞いながら渦を巻き、森の精霊が姿を現す。
「人は自然の一部――その絆を忘れたから、世界は傷ついている。
お前たちの踊りで、それを思い出させ癒やす力があるのか?……試させてもらおう」
精霊が手をかざすと、周囲の大樹がうねるように動き出し、一本の古木の根が大きくせり上がる。そこには苔むした広場のような空間が作られていた。
「踊り……ですか」
艶は仲間たちと目を合わせ、小さく頷く。
彼女らはすぐにステップの陣形を組んだ。ここは劇場ではないが、どんな場所でも舞台に変えてみせる。それが彼女たちの生き方であり、希望を紡いできた力だった。
音楽も伴奏もない。ただ、心を通わせる“呼吸”のリズムだけがある。
足が土を踏むたびに、湿った大地が返すわずかな振動。それを皮切りに、朱莉が力強いステップを刻むと、リリが柔らかな身のこなしで空気を導くように舞う。艶はその中心で仲間を支えるように踊り、全員の呼吸を一つにまとめていく。
次第に、森の闇がさざめく。枝葉の間から差し込むわずかな光がダンサーたちのシルエットを浮かび上がらせ、吹き寄せる風が葉擦れの音を響かせる。
やがて精霊の目が穏やかに細められ、穏やかな光を放ち、根元から“第二の鍵”とも呼ばれる碧い宝珠を持ち上げるように差し出した。
「お前たちの踊りは、確かに自然と人とを結ぶ懸け橋になり得る。
この碧き光はその証であり、次なる道を照らすだろう。
……だが、忘れるな。森は水と共存する。水がなければ、森は枯れる。
次なる精霊がどのように試練を課すか、見届けるがいい……」
その言葉とともに、森の精霊は風と葉のざわめきの中へと溶け込むように消えていった。
瞬間、艶の手には碧い宝珠が宿り、かすかに冷たい輝きが伝わってくる。
「……これが二つ目の鍵……!」
次なる試練の予感 ~水の精霊~
一瞬だけ木の葉の香りが漂う。森の精霊が続きを告げる。
「お前たちの羅針盤は、もうすぐ“水の精霊”を示すだろう。かつてこの大地には豊かな湖があったのだが……今やそのほとんどが干上がり、荒れ果てているという。水の精霊は、もはや人の言葉を忘れつつあるかもしれぬ。それでも、お前たちならば……」
その言葉に、艶は肩に浮かんだ汗をぬぐいながら微笑んだ。
「ええ、私たちは踊りで、どんな存在とも心を通わせられると信じています。忘れかけている声を呼び覚ませるかもしれない、そう思っているんです」
シュンも横で口元をわずかにほころばせる。リリも不安そうにしながらも、しっかりと頷いてみせた。
森の精霊はふわりと後退し、木々の影に溶け込むように姿を消していく。
「行くぞ、次は湖の跡地だ」
羅針盤を確かめる朱莉の声には、先ほどまでのクールな表情とは違う、少し熱い決意が宿っていた。
新たな決意 ~幕引き~
一同が森を抜けると、そこには再び荒野が広がっている。遠くの地平線には、かすかに白く光る一帯が見えた。それが干上がった湖なのだろうか。
「なんだか、次はまったく違う試練が待っていそうね」
リリがごくりと唾を飲み込む。
艶は宝珠を握りしめ、「私たちが踊り続ける限り、きっと火の鳥の祠まで繋がるはず」と自分に言い聞かせるように言葉を発した。
「うん、そうだね。さっきの森の精霊の言葉……忘れちゃだめだ。希望がある限り、私たちは進み続けなきゃ」
早朝の冷ややかな風が吹き、踊り子たちの衣装を揺らす。森を抜けた先、遥か東方に広がる海や湖、そこで待ち受ける“水の精霊”。
炎と森、そして今度は水——艶と仲間たちが織りなす踊りが、いったいどんな絆を紡ぎ、またどんな鍵を手に入れるのか。
一瞬、遠くで小さく鳥の声が聞こえ水鳥の翼が夕日に照らされていた。それは、次なるステージへ彼女らを招いているかのように映った。
こうして、森の精霊から託された“次への導き”を手に、艶たちの旅は新たなる舞台――干上がった湖と“水の精霊”が待つ地へと続いていく。
──第三幕幕 ・水の精霊へ──