第二幕 炎の導きと孤独
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異界の空気は静かで、けれどどこかざわつく気配が漂っていた。
艶の足元を照らすのは、羅針盤の淡い紅の光。
それはまるで、彼女をあるべき場所へと導く
灯籠が灯火のように並んでいた。

幾重にも折り重なる結界の通路を進むうちに、
風が止み、熱を孕んだ気配が強まる。
空間が赤く染まり、炎の揺らぎが彼女の視界を包んでいく。


そして──現れた。
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ひとつの巨大な炎柱が舞台のように開き、
そこに立っていたのは、**炎の精霊:ラグナ**。

その姿は人の形をしていたが、肌は紅蓮のように赤く、
その目はすべてを焼き尽くすような悲しみを湛えていた。

「おまえは、“踊り”で世界を癒やす者か──」

その声は、火の奥底から響いてくるように低く、どこか哀しかった。
艶は小さくうなずいた。

「ならば見せよ。
 おまえの舞が、焼け落ちた心に触れられるかどうかを」


次の瞬間、あたりが炎に包まれた。
視界が、熱と光の渦で覆われる。

それは、ラグナがかつて守ることのできなかった村の幻影──
燃え上がる記憶、消えていった命、崩れた約束。

「私の罪は、熱で溶かせるものではない。
 それでも、おまえの祈りが届くならば……」

艶は、赤く染まる大地の上で静かに舞を始めた。
踏みしめるたびに、足元に蓮のような光が咲く。
風が止まり、時間が凍る。
その踊りは、怒りでも赦しでもなく、
ただ“悲しみに寄り添う”ための祈りだった。

──そのとき。
ラグナの中に渦巻いていた紅蓮の炎が、静かに穏やかな
光へと変わっていった。

「……おまえの舞は、かつての私の心を思い出させた。
 ならば、これを託そう」

ラグナは胸の奥から、一粒の“宝珠”を差し出した。
それは、燃え尽きることのない“祈りの火”──
第一の宝珠、『赫炎珠(かくえんじゅ)』。

艶が手を伸ばすと、宝珠はやわらかな熱を放ちながら
彼女の掌に収まり、
羅針盤の一部が紅く輝いた。
──第一の扉が、開かれた。

まだ四つの試練が彼女を待っている。
けれど艶の胸には、確かに灯ったものがあった。
それは、彼女自身の踊りが「誰かの心に届く」という確信だった。

そしてその時─
─ 遠く、結界の外側から易しく包み込むような温かい気配を察知した。 
それは、まるで“覚醒し続ける”魔法そのものの光。 
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──空間を突き破るように、巨大な炎柱が立ち昇る。
 その熱は、異世界の奥底へと真っ直ぐに流れ込んでいった。

 遥か彼方、光の届かぬ深淵の闇の奥で、微かに紅蓮の光が脈打った何かがゆっくりと目を覚ようとしている。
 その気配は、優しくも圧倒的な力を秘めていた。

 まだ姿は見えない。
だが、空気の奥底で“火炎が唸る”にも似た振動が響き、
炎は形を変え始める。

 その光は二つの世界をひとつに繋ぐように、静かに広がっていった。
 それが何であるかを、まだ誰も知らない。
 まだ姿を見せないのに魔界に確かにいる。

    第二幕 終
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