第三幕 旅と踊りの深化


水の精霊との邂逅
  
森の精霊の導き ~干上がった湖へ

森の精霊から“第二の鍵”を受け取った数日後、艶たちは、水の精霊がいるという情報を得て鬱蒼とした緑を抜け、再び荒野を踏みしめていた。
ほんのわずかに緑色を帯びた宝珠が、艶の胸元でかすかに光り続けている。
その光はすっかり色を失った大地を照らすようにも見え、どこか切なさを漂わせていた。
「見えてきたよここが……昔は大きな湖だったなんて。もう、干上がってどこにも水の気配がないわね。」
リリが遠くの地平線を指差す。そこには、白く光る砂地が波のように連なっていた。
「まるで海岸みたいだけど、水はどこにもないんだな。」

朱莉が手で額の汗を拭いながら呟く。照りつける日差しと舞い上がる砂が、乾いた熱を肌に突き刺していた。艶は羅針盤をそっと握りしめる。前回の森の試練を経て、新たに刻まれた小さな紋様が、湖を指すかのように淡い光を放っている。
「水の精霊が、もう人の言葉を忘れつつあるって……森の精霊が言ってたわね。でも、何とか踊りで心を通わせられたらいいんだけど。」
「針はこの湖の中心を指し示してるけど、どうやら干上がった湖の真ん中あたりだな……。 まったく、どこに“水の精霊”がいるっていうんだ?」
艶は手のひらに残る森の宝珠を見ながら、熱い空気をゆっくり吸い込む。
「森の精霊が言っていたわ。『水がなければ、森は枯れる。水の精霊は人の言葉を忘れつつあるかもしれない』って。
 きっと、ここにはまだ“希望の水”が眠っているはずよ。」


水の精霊との邂逅 ~踊りと記憶

湖の底だった場所は、ひび割れた大地がまるで大きな皿のように周囲を囲んでいる。ときおり砂塵が舞い、ひゅう、と物悲しい風が吹き抜けた。
艶たちが慎重に下りていくと、中央付近に水たまりのような場所がわずかに残っていた。そこにはうっすらと水面が揺れていて、陽光を反射してほのかに輝いている。

「ねえ、あれ……」
リリが驚いたように声をあげる。小さな水たまりの中心がひび割れ模様が広がっていく。「みんな、気をつけて!」
中央の地面がぼこりと膨らみ、じわりと人型を形作り始めたのだ。
徐々に輪郭を持ったその姿は、透き通るような青い光をまとう水の精霊だった。

「……誰……? 私に……何か……用……?」
囁くような声が聞こえる。森の精霊が言った通り、どこかたどたどしく、人間の言葉を思い出すのに苦労しているようだった。
艶は一歩踏み出し、丁寧に言葉を紡ぐ。
「私たちは踊り子です。あなたに会いに来ました。世界を救う鍵の一つ――水の力を求めて……」

すると、水の精霊は少し警戒するように身を揺らした。
干上がった湖底に大きな波紋が広がり、周囲のひび割れた地面が更に広がり。さらさらと砂が地面にこぼれ落ちる。
「私……もう力ない……大地干からび……何も、戻せない……」
その声音には深い悲しみが滲んでいた。

朱莉の想い

朱莉がそっと前に出る。普段は無口な彼女だが、どこか決意を秘めた眼差しで水の精霊を見つめていた。

「……私は、踊りが世界を変えるなんて最初は信じられなかった。でも、炎の精霊や森の精霊と出会って、自分の考えが変わったわ。」

彼女は視線を落とし、少し言い淀む。
「昔、俺はここに近い町で暮らしてたことがある。戦火に巻き込まれて、湖も干上がって、家族も……。だからこそ、水が戻れば、少しは……いや、こんな干上がった世界にも希望があるかもしれないと思うんだよ。」

水の精霊は朱莉の言葉を聞きながら、戸惑いに揺れる瞳を合わせる。
「……踊り……力……?」
お前たちの踊りは、この失われた流れを呼び戻せるのか……見せてもらおう。」
艶がすかさず頷くと、宝珠が微かな光を放ち、彼女の胸元を温めた。

水の精霊への“踊りの捧げもの”

「私たちの踊りで、あなたの心に届くものがあるなら……見ていてほしいの。」
艶、リリ、朱莉は自然と円陣を組むように立ち、呼吸を止め鼓動が静まる待ちまるで舞台の上のように、役割を分担するかのように立ち位置を変え、三位一体と呼吸を合わせて動き出す。水の精霊を中心に囲むようにステップを踏み始める。
「私たちは、炎も、森も癒せた。水の流れを取り戻すわよ……」
足元のひび割れた大地を踏むと、固い土がざくりと音を立てるが、わずかに残る水溜まりが彼女らのステップを反射し、まるで水面のさざ波を描き出すように優雅にひらりひらりと光を散らす。
リリは腕を大きく振り上げ、透明な流れをイメージするような滑らかな動きでかすかな水の匂いを呼び覚ます。朱莉は激しい情熱を内包しつつ、地面から力を汲み取るように下半身でリズムを刻む。そして艶は宝珠を中心に掲げながら、二人の動きを繋げ呼吸をガイドするように舞い、柔らかなステップで全体をまとめる。
この不思議な円舞に呼応を合わすように、水の精霊の鼓動が淡い青の輝きを増していく。
干上がった大地の亀裂から、わずかな水が染み出し、枯れたはずの大地が、わずかに呼吸を……かすかに水音が弾けるような音がし、精霊の瞳にうっすらと涙のような水滴が溢れた。
  「見よ……お前たちの踊りが、大地の記憶に眠る水を呼び覚ます。
 まだほんのわずかかもしれぬが、この湖は少しずつ蘇るだろう……。」
その声とともに、一瞬だけ湖の底が潤んだように見えた。波紋が広がり、精霊の声は途切れ途切れながらも、確かな温もりを帯び始めていた。

次なる風の精霊へ ~新たな手がかり

踊りが一段落すると、水の精霊はそっと両腕を広げ、干上がった大地に目を向ける。
「湖……戻すには……まだ、時間いる。けれど……お前たちの踊り、心動かされた……。」

水の精霊は自らの胸の奥に手を当てると、小さな水滴がきらりと輝き、宝珠へ溶け込むように吸い込まれていく。宝珠は一瞬だけ青い光を強く放ち、再び穏やかに脈打った。

お前たちに、この“第三の鍵”を託そう。
 水が命を巡らせるように、お前たちの踊りも命を循環させる力を持つはず。
 ……だがまだ足りぬ。次なる精霊の力も、お前たちの旅を支えるだろう。」
「これで……火、森、そして水の力……あなたたちには……まだ行く先……ある。」
精霊は遠くの空を見上げ、雲の流れをじっと見つめる。

「空……風が……荒れている……」
その言葉に、リリは少し首を傾げる。
「風の精霊、か。確かに、最近は強風が吹き荒れて、砂嵐が起きると聞いたことがある。だけど、空なんて掴みどころがないわね……」

艶は宝珠を両手で包むと、瑞々しい潤いを感じるかのように目を閉じる。
「水の精霊がくれた力を、次は風の精霊と繋げるのね。私たちが踊るとき、風もまた舞台の一部になってくれるはず……そう信じたい。」

水の精霊は名残惜しそうに地面を見下ろし、一筋の涙のような水を地面に垂らす。すると、その場所だけはほんの少しだけ土の色が濃くなり、未来の再生を暗示するようにも見えた。
「私……ここに残る。いつか、湖に水戻るまで……。お前たち……進め……風の精霊……待っている……」

朱莉が軽く拳を握り、精霊に向かって深く一礼する。
「ありがとう。必ず私たちが、あの劇場と、この世界を守ってみせる。……行こう、次は風の精霊だ。」

旅立ちの決意 ~風の精霊へ

再び荒涼とした大地を後にして、一同は砂混じりの風を受けながら歩を進める。
羅針盤を覗き込むと、森の紋様に加えて水の滴のような模様が浮かび上がり、新たに北西の方角を指していた。
「そこには険しい山脈があるはず……風が強い土地ってことかしら。」
リリが言い終わらないうちに、突風が吹きすさび、舞台衣装の裾がばさりと音を立てる。

「大丈夫。私たちがこれまで踊りで繋いできたものは決して小さくないはずだよ。」
艶は手を伸ばして、皆を鼓舞するように笑みを浮かべる。
朱莉もそれに応えるように頷き、すたすたと歩みを進める。リリは踵をトントンと鳴らしながら「火と森、それに水……次は風、ね。
 踊りの力で、きっと風も味方にできるはず……!」と深く息を吸い込んだ。

水の精霊が融合した宝珠が微かに青い息づかいを伝えている。
「火、森、水……あとはきっと、風……その先に火の鳥の祠の謎があるんだわ。」
艶は心の中でそう確信する。

こうして、水の試練を乗り越え、彼女は次なる風の精霊を求め、風が荒れ狂う山脈へと旅を続けるのだった。

──第三幕 風の精霊へ──
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